Introduction
クモのギャラリーはご覧いただけましたでしょうか?
作品をご覧になっていて、クモ全体にピントの合っている作品を見て「?』と思った方も多いと思います。その撮影方法を知るまで、どうやって撮影しているのか不思議に思っていたのですが、色々と調べていくうちにどうやら等倍以上の撮影や顕微鏡写真などで使われるデジタル撮影技術である「フォーカス・スタッキング(深度合成あるいは多焦点合成)」というデジタルならではの撮影技法が使われているということがわかりました。
多焦点合成というのはピントをずらして撮影した元画像を複数枚用意して、それを専用ソフトに取り込んでピントの合った部分だけを合成して、一枚の作品に仕上げるという撮影技法です。
いざ撮影を始めてみるとピントをずらしながらの撮影は普段の撮影で使うヘリコイドを回転させて撮る方法は、超接写の撮影には向かないことがわかりました。多焦点合成撮影では、ブレは大敵です。フレームがわずかに動いただけで、多焦点合成は破綻し、撮った枚数全てが使い物にならなくなるか、レタッチに膨大な時間を費やすことになります。10枚以下であればショックは軽くて済むものの、4〜50カットの元画像を撮影して破綻すると相当凹みます。100カットを超えた撮影で破綻すると廃人になったような気分になってしまいます。ヘリコイドを回転させることによってブレのリスクが大幅に増えてしまうのです。等倍くらいでしたら、あまりシビアに考える必要はありませんが、倍率を上げれば上げるほど、ブレのリスクは増えていきます。ピント合わせは基本的にカメラごと動かす方法か被写体を動かす方法で元画像を撮影します。肝となるポイントは、ピントを合わせたいエリアをあらかじめ定めておき、そのエリア全体にピントの山を行き渡らせることです。ピントは固定して、ピントの合う2点間の距離を変えずにピントを合わせたいエリアの一番手前と奥のすべてのエリアにピントがあった画像を揃えることが最終的な目標です。
仕上がりを破綻させないためには元画像を撮影する際に一枚一枚丁寧且つ繊細な撮影が求められます。そして、上手く言った暁には今まで誰も見たことない世界を見ることができます。デジタルならでは撮影技術、もう一歩マクロ撮影に踏み込んでみたい!と日頃考えている方にはぜひお勧めしたい撮影方法です。また、ソフトを使いこなせていけば、ポートレートや風景写真の世界にも応用可能ですので、これを機会に一歩踏み込んでみてはいかがでしょうか?
Equipment "Camera and Lens"
上の図はD7100にBR2Aを介し、Ai Nikkor 24mm/F2.0Sをリバースで装着したところです。リバースでの装着ではレンズの後玉が外側に来るのでキズ防止のためBR3を付けてレンズを保護しています。
この組み合わせでの撮影倍率は2.6倍。撮影エリアは6.15x9.23mmとなります。間に接写リングと付けることによって5倍程度まで倍率を上げることができます。
このレンズはリバースで使うと驚くほどシャープに写ります。玉数も少なくなっていると思いますが、見つけたら手に入れておくと何かと重宝します。
Zuiko Auto-Macro 20mm/F2.0 with DIY adapter on D7100
力技を使った組み合わせですが、撮影エリアは3x4.5mm。この長さで5.3倍まで拡大できるのは、このレンズならではです。当時でさえ受注生産品だということなので、玉数も少なく、新同品ともなればプレミアがついて当時の販売価格の倍はするという超レアな銘玉です。私はリーズナブルな価格でオークションで手に入れましたが、多焦点合成撮影にはなくてはならないレンズとなっています。接写リングを噛ませば9倍近くまで拡大できます。レンズの最適撮影レンジは4.2-16.0倍だそうで、ベローズを使えばさらに拡大率を上げられるというバケモノのようなレンズです。
eBayで見つけてベラルーシから取り寄せたCone Shape AdapterとZuiko Macro 38mm/F3.5。ボディとコーン型アダプターはTマウント(42mm/0.75)、アダプター先端とレンズはRMSマウントです。コンパクトで良いのですが、中の仕上げが反射防止仕上げとなっておらず、塗るか貼るかして反射止めを施さないと使えないので、あまり使っていません。レンズ自体の倍率は60mm/2.8Dと大差ないのと、カラーバランスがやや黄色に転び、ホワイトを別に設定し直さないといけないのであまり出番はありませんが、軽さが魅力で描写力も60mmマクロと比べても遜色ありません。
私が使用しているカメラがニコンですので、それに準じた説明となりますことをあらかじめご了承ください。
多焦点合成撮影用に主に使用しているカメラはNikon D7100です。FXは未だにD3なのですが、D7100を手に入れてからというものD3の出番はすっかりなくなってしまいました。大体広角系で撮影することが多く、FX派だった私がそもそもDXを新たに手を出したのも多焦点合成を始めようと思ったからなのですが、そのD7100も2年間で18万カットを撮影していてそろそろシャッターの耐用回数近くになって買い替えも検討しなくてはならなくなりました。正確な数はわかりませんが、年毎に連番を付けていたので、ざっと計算したら12万7千カットの画像が残っています。この数も撮影したカットの3分の1は破棄してしまうので18万カットを撮影=18万回のシャッターを押した計算になります。この12万7千カットも多焦点合成用に撮影しているため、一枚たりとも欠かせないのです。多い時には1日で3000回のシャッターを押しますが、そのうちの3割は大体ゴミ箱へ直行。2100/dayとしても一枚仕上げるのに平均して3~50カットほど撮影しますから、出来上がる作品は40-70点。すべて使えるわけではないですから、5点も人に見せられたら御の字です。
さて、D7100を使う理由は撮影エリアあたりの情報量が圧倒的に違うからです。
例えば計算しやすい8倍での撮影では、DXの撮影エリアは2x3mm、FX: 3x4.5mmとなるのですが、1mmあたりの画素数を考えるとD7100は4000x6000pxなので2000px/mmとなりますが、D3では撮影エリアは3x4.5mm、944px/mmと半分以下となってしまい、精細さの差で圧倒的にDXの方が有利です。D810で計算しても1637px/mmなので、現時点ではD7100がニコンの中では小さなものを撮らしたら一番の高精細という結果となっています。もちろん高精細が作品の良し悪しを決めるものではありませんが、クモの撮影では体を覆う毛や棘、牙、目に映り込むキャッチライトなど精細さを求めるパーツが多いのでD7100の出番が多くなります。
レンズですが、超接写の撮影ではオートフォーカスは使わないというか使えないのと無限大のことを考えないで良いので、逆説的に言うとレンズの自由度は格段に高まります。顕微鏡用の対物レンズや引き伸ばし用レンズをそれぞれアダプターを付けて使っている方も散見します。 私の場合、一番多用するのはMicro Nikkor 60mm/F2.8Dとケンコーデジタル接写リングかPKリングの組み合わせです。開放値でファインダーを覗けるのは、大きな有利な点です。ただ、接写リングを付けての撮影倍率の上限が2.5倍なので、大きなクモ(10mm前後)ならそこそこ使えますが、それ以下のクモの方が実際は多く、ましてや子グモを撮ろうと思うと2mm前後の大きさです。その小さな被写体を画面いっぱいまで引っ張りたいときなど、DXで9倍くらいは欲しくなります。一番多いサイズは5mm前後のなのですが、その際に活躍してくれるのが左上図(ブラウザのサイズによっては本文下に表示されます)の組み合わせです。
レンズは古のAi Nikkor24mm/f2.0S。BR2Aを介してリバースで取り付け、単体で2.6倍からデジタル接写リングの3連で5倍近くまでの撮影倍率を稼ぐことができます。5倍であれば撮影エリアは3.2x4.8mmですから相当小さい被写体もこなせます。接写リングの厚みを変えれば、3倍、4倍と対応可能なのでヘビロテのレンズとなっています。実はこのレンズはオーロラ撮影に初めて行く25年ほど前に中古で手に入れたものですが、オーロラ撮影で使うにはコマ収差がひどくてあまり使わなくなりましたが、雪の結晶撮影を始めたあたりからリバースで使うと驚くほどシャープに写ることに気づいてから手放せなくなっているどころかまだまだ第一線で頑張っています。
その他のレンズについては左(ブラウザのサイズによっては下)にD7100に装着した図を掲載している通りですが、ゆくゆくブログなどで具体的な作例と共に使用感などご紹介できれば思っております。
さて、肝心のピント合わせですが、正確にピントをずらさなくては、精巧な完成画像を得られません。そこで必要になってくるのが微動装置です。微動装置はステージとも呼ばれ、安いレンズほどの値段がしますが、これは多焦点合成撮影には必需品とも言える道具です。ノブを回すことで、100分の1ミリという精度でピントをずらすことが可能です。三脚の上にこの微動装置を載せられるように改造し、さらにこの微動装置の上にカメラを載せられるプレートを自作します。5-8mm程度の厚さのアルミ板で簡単に作ることができます。私の場合は、東急ハンズでアルミ板の材料を買って、サイズ通り(60mm四方)に切ってもらい持ち帰り、家でドリルとタップで加工して取り付けたので千円程度の出費で済みました。ただ、最低でも電動ドリルと鉄鋼用ドリル刃とタップなどの道具を揃えないと厳しいです。できればボール盤、欲を言えばフライス盤があれば良いのですが、欲を言ったらきりがないので、あるもので済ませています。
微動装置はオリジナルマインドさんで中古を手に入れましたが、新品は中央精機さんの製品を扱うオプトラボさんのサイトから購入可能です。各種アダプターなども販売しているので、撮影方法の検討をする際、よく拝見させてもらっています。Xステージだけでも多焦点合成は可能ですが、最初からXYステージを用意した方が圧倒的に便利です。
私の場合、生きたクモの撮影がメインとなるため、ファインダーを覗きながら、動かれたら、そこで撮影をキャンセルさせるのですが、ハエなど亡骸を撮る際には、自動だったらどんなにか楽だろうと思うことがあります。そういう時には海外の製品ですが、Cognisys社のStackShotと言う製品もあり、喉から手が出るほど魅力的な製品です。この会社が扱う製品は他にも特殊撮影のアクセサリーを豊富に取り揃えていて、マクロ撮影の世界の巨匠たちがこぞって使っていて、ギャラリーページを見ているだけでもイマジネーションが掻き立てられる魅力的な製品を取り揃えています。ディフーザーの自作などは「へっ?」と思うほど安易なものですが、同じように作ってみたところ、相当のポテンシャルでした。一度参考がてらに覗いてみてはいかがでしょうか?
Equipment "Lights"
多焦点合成の撮影を始めるようになってから、自然光での撮影はめっきり少なくなりました。
ほとんど100%と言っても過言ではないほど、ストロボを使います。同じ条件の光で撮影した画像でないと、実際に多焦点合成をする際にいろいろと問題が生じてしまうからです。私の場合、基本的に2灯ですが、時には3灯使います。レンズに関しては力技で他メーカーのものを無理やり使ってみたりもしますが、ストロボに関しては純正一択です。ストロボはスリーブ機能のついたものが便利です。現在はSB910を1台とSB26を2台、屋外ではSB30を使うこともありますが、SB26はスリーブを使えることと発光ミスが皆無なので、とても使いやすいストロボです。
先日発行されたばかりの『世にも美しい瞳 ハエトリグモ』須黒達巳著(ナツメ社)を拝見していたら、撮影者がそれぞれ違う照明方法を使っているのが面白かったです。まるでフィンガープリントのように撮影者が自分の痕跡を残しています。1灯の撮影者が多い印象ですが、レンズの先端に付けるツインライトを使っている方もいて、各自思い思いの方法でハエトリグモと対峙している様子が見てとれます。かくいう私も一枚だけ提供させていただいたのですが、その痕跡をハート型にしてみたり、星型にしてみたりして、楽しんでいます。
つい最近(2016年9月執筆時点)化粧品メーカーの宣伝に使われた女優さんの瞳にスタジオの様子が映り込んでいて話題になりましたが、ハエトリグモの瞳にさえ、レンズや光源、クモ自身の体の一部が映り込むのですから、人の瞳にスタジオ内の様子が映り込んでいても不思議じゃないですよね。ハエトリグモの瞳のサイズは0.5mm前後。一方の人の虹彩の平均的な大きさは12mm程度ということです。なので、ハエトリグモの瞳に何かが映り込んでいたとしても、騒ぎ立てないようにお願いいたします。
さて、その光源の映り込みの演出ですが、これは結構神経を使うところでもあるし、演出可能な部分でもあります。ストロボを使う際はダイレクトに光を当てるとうまく光が回らなかったり、光が硬くなったり、クモの瞳に映り込む形が小さくなったりするので、バランスよく映り込むようにディフーザーを自作します。市販のものでも構わないですが、なかなかいいものが見当たらないので、このところもっぱら自作ばかりしています。最近はミシンで自作した角型のディフーザーがすこぶる調子がいいので、出番が減りましたがが、クモを撮り始めた当初は、食べ終わった冷凍鍋焼きうどんのアルミ容器で作ったディフーザーを使っていました。作るのに必要なものは、カッターとテープ各種、アルミ箔、トレーシングペーパー、黒マジックペンだけです。容器はつや消しのアルミで出来ているので、満遍なく光が周り想像以上に調子がいいです。製作方法は至って簡単で、ストロボの発光部が入るほどの穴をカッターで開け、アルミ箔を好きな形に切ってトレーシングペーパーと両面テープで貼り付けます。任意で切った光が出る開口部の周りは黒マジックで塗りつぶし、反射光が映らないようにしておきます。ストロボに再剥離可能なパーマセルテープ等で取り付けて出来上がりです。鍋焼きうどん一杯で2度美味しいので、オススメです。さらに軽くしたい方は、お手軽ラザニアの容器もオススメです。さらに軽いので取り回しも楽で、屋外での撮影にもってこいです。耐久性には問題ありますが、いつでもどこでも作れて、捨ててきても惜しくはありませんので、騙されたと思ってやってみて下さい。下の画像はハートや星型ディフーザー、ハエトリグモの瞳に映り込んだ花弁などがよくわかる画像から切り抜いて並べたものです。自分なりのデュフーザーでフィンガープリントを残しておくのも面白いかもしれませんね。
ストロボを使うことがクモにとっていいのかどうかわかりませんが、直射日光を見つめている姿を屋外でよく見かけるくらいですし、撮影後も特に目が見えなくなったという様子が見られないので、ストロボを使っています。もし、ストロボを焚いての撮影が動物虐待がクモにも適用されると、この仕事も終わりです。
Process
撮影した画像を深度合成ソフトに取り込みんで処理しますが、私が使用しているソフトはZerene Stackerです。
深度合成ソフトはHelicon SoftのHelicon Focus(以下HF )やZerene Stacker(同 ZS)が代表的で使いやすいソフトだと思います。
それぞれメリット、デメリットがあります。
HFはRAWデータのまま取り込めるので圧倒的な速さで処理が進みます。これはとても魅力的なのですが、生きているクモの場合、動かれるとレタッチに膨大な時間を費やすことになります。一枚仕上げるのに半日かかることもザラで、編集のしやすさから私は専らZSばかり使うようになりました。使ってみるとわかると思いますが、マウスを移動させずに拡大・縮小ができ、ブラシサイズを変えられるのは、何物にも代えがたい操作感です。LightroomとPhotoshopの両方を使っている方ならわかる思いますが、LRとPSのブラシの使い方の差と同じような感じです。
HFは処理は速いのですが、レタッチの際にワンアクション多くなるので、試用版でしばらく試しましたが結局私の作品作りにはあまり向いていないことを痛感して、購入を控えました。
また、クモの場合、脚や触肢や棘などが重なり合う部分が非常に多い被写体なのですが、この部分の処理がHFは苦手なようで、ZSの方が少しばかり有利のような気がします。
ZSにはSudent, Personal, Prosumer, Professional Editionの4種類の値段があるのですが、それぞれ、使える機能が微妙に違うので、自分の立場(多焦点合成の画像を販売するか否か)やどのくらいの頻度で使うのかなど、ご自分の目的に合わせて必要な機能のあるエディションを購入するのが良いと思います。私は未だにPersonal Editionで使い続けていますが、最初の一年は一通り覚えるのがやっとでしたので、Personal Editoinを使い慣れてから、上のエディションにバージョンアップで充分かと思います。詳しくは本家のサイトでご確認下さい。
このようにそれぞれ、一長一短があるので、どちらが良いかは断言できませんが、試用版が提供されているので、ご自分で試してみて用途に合い、気に入ったソフトを使ってみるのが良いかと思います。
以上はフォーカススタッキングのソフトの使用感ですが、その前段階のことにも少し触れておきたいと思います。
最近はLightroomを使うことが多くなったのですが、撮影したRAWをTIFF 16bit、TIFF 8bit、あるいはJPEGのどれで吐き出すかについてです。
JPEGは軽く扱いやすいのですが、合成中に破綻することが多く、今ではJPEGに書き出すことは一切なくなりました。D7100の場合、4000 x 6000 pxでTIFF16bitで書き出すと1枚当たり大体137MBと相当なサイズで、これが100枚積みともなると、一枚の画像を作るために13GBを超えるディスクスペースが最低でも必要になってきます(笑)。ただサイズが大きくなっても、完成画像ができてしまえば、各々の画像は必要なくなり、捨ててしまうのですが、レタッチが必要なことが後から気づいた時には最初から振り出しに戻らなければならないので、相当テンションが下がります。こうしたことを繰り返しているうちに、最終的な作品の完成度を考え、必ずTIFF16bitで書き出し、それをZSに読み込ませ処理するようになりました。一枚一枚、心血を注ぎ、完成させることが一番の早道だということを痛感しています。急がば回れ、と言ったところですが、ハードディスクの容量とパソコンのスペックの高さが必要になるのは頭の痛いところです。これが5000万画像クラスになるとどうなるかと思うとめまいがしてきます。
文字で説明していると分かりづらいかと思いますので、実際のフォーカススタッキングの様子の動画をYouTubeにアップしてありますので、興味のある方は一度ご覧になってみて下さい。
動画「ZereneStackeの使い方」YouTubeにジャンプし新しいウィンドウで開きます。
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